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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1762号 判決

控訴人(原告) 東京神田青果株式会社

被控訴人(被告) 農林大臣

原審 東京地方昭和三三年(行)第一三二号(例集一〇巻七号133参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、当審証人金子文六の証言を援用した。

理由

先ず本件訴の適否について判断する。

控訴会社が青果物及びその加工品の売買並びに販売の受託等を目的として設立せられた株式会社であつて、中央卸売市場法に基き、東京中央卸売市場神田分場での青果物及び漬物部の卸売業者として許可を受け、その業務を継続してきたところ、被控訴人が昭和三十二年九月二十日附で控訴会社に対し当時の中央卸売市場法第十条の六第二項第三号により右業務の許可を取り消す旨の処分をしたこと、控訴会社が昭和三十三年九月中旬(控訴会社は九月十五日と主張し、被控訴人は九月十六日と主張するけれども、そのいずれであつても、後記説示に照して明らかなとおり、本件の判断の結果に影響がないので、以下九月中旬として判断を加える。)被控訴人に対し右処分取消の訴願を提起したが、同月二十九日附で右訴願は却下されたことは、いずれも当事者間に争がない。

中央卸売市場法は、訴願について別段の規定をしていないので、農林大臣がなした中央卸売市場における卸売業務許可の取消処分については、訴願法の定めるところに従つて訴願をすることができるものと解される。本件は、被控訴人が控訴会社に対してなした右業務許可の取消処分の取消を求めるものであるから、行政事件訴訟特例法第二条本文の規定に従い、訴願の裁決を経なければならない。しかし、裁決庁が訴願を期間経過後の不適法な訴願であるとして却下した場合には、その却下の裁決が違法でない限り、抗告訴訟で原処分の当否を争うことは許されないものと解するのを相当とする。けだし、もし右と反対の見解を採るならは、訴願提起期間を遥かに経過した後になつて訴願を提起し(この場合訴願の裁決庁は宥恕すべき事由を認めない以上、訴願を不適法として却下するのであるが)、更に訴を以て原処分の当否までも争うことができることとなり、訴顔について期間を限つた法律の趣旨は無視される不合理を生ずるからである。本件では、控訴会社が取消を求めている行政処分は、昭和三十二年九月二十日になされたものであつて、これに対して控訴会社は訴願法第八条第一項所定の六十日の期間を経過した後である昭和三十三年九月中旬に訴願を提起し、右訴願に対して却下の裁決がなされたものであることは、上記認定の事実に徴して明らかであり、なお右却下の裁決は、訴願提起の期間を経過し不適法な訴願であることを理由とするものであることは、控訴会社において明らかに争わないところである。してみると、本件訴は右訴願却下の裁決が違法でない限り、いわゆる訴願前置の要件を欠くものといわなければならない。

ところで、控訴会社は、訴願提起の期間を経過したことについて、訴願法第八条第三項にいわゆる宥恕すべき事由がある旨主張しており、右主張は、被控訴人が裁決庁として控訴会社の訴願を受理すべきであるのに、期間徒過の理由で右訴願を不適法として却下した上記裁決が違法であることを主張する趣旨と認められるから、右裁決が違法であるかどうかについて、次に判断する。

控訴会社が訴願期間を経過したことについて、宥恕すべき事由として主張するところは、次のとおりである。すなわち、本件業務許可取消処分の際、農林省及び東京都の当局者は、業務許可取消後は控訴会社の旧債務は、農林省及び東京都が責任を以て処理する旨言明したので、控訴会社は右言明を信用して本件取消処分に対し、当時においては敢て抗争しなかつたのであるが、その後右当局者の言明したことは、なにも実行されないため、控訴会社はやむなく本件取消処分について抗争しなければならなくなつたものであつて、このように処分庁自らが処分の際に言明したところを実行せず、結果的には、控訴会社を欺罔して訴願期間を徒過させたもので、しかも、このような事情にある本件で、訴願裁決庁は処分庁自身であるというような場合は、訴願期間経過について宥恕すべき事由に当るというのである。しかし、訴願裁決庁が処分庁自身であるという控訴会社の右主張は、仮りに訴願を提起しても、原処分と同様の判断で訴願が認容されないであろうから、訴願をしてもむだに帰するということを主張しようとするものと解されるのであるが、がんらい異議や訴願は行政部内の救済手続であつて、原処分庁と訴願裁決庁が同じであるときでも、当該行政庁は再度の考案によつて原処分を違法と認めればその取消又は変更をすることが当然であるから、訴願裁決庁がたまたま処分庁自身であることだけでは、訴願法第八条第三項にいわゆる宥恕すべき事由があるものと認めることはできない。成立に争のない甲第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし五、当審証人金子文六の証言及び原審での控訴会社代表者中村芳郎の本人尋問の結果を綜合すれば、本件業務許可取消処分がなされた当時、農林省及び東京都の当局者は、控訴会社に対して、控訴会社の役員達が私財を投げ出しても、会社の債務を完済できないときは、適当な方法で会社の債務を処理できるよう責任を以て善処する趣旨の言明をしたことを認めることができる。しかし、他方上記各証拠によると、控訴会社は当時約四億九千万円の債務を負担しており、この中には零細な出荷先に対し早急に支払わなければならない債務約八千三百万円を含んでいたことが認められる。このような多額の債務を容易に処理できるとは到底考えられないところであつて、農林省及び東京都の当局者の上記言明は、監督的立場にある行政庁が、控訴会社の業務許可取消の結果、控訴会社に対する債権者の蒙る被害をできるだけ少くしようとする配慮から、将来の行政監督上の方針を述べたまでのことであると認めるのを相当とする。従つて、控訴会社が当局者の右言明を信用して、本件取消処分について訴願の提起を差し控え、訴願の期間経過後に右当局者の言明したとおり実行されないで、控訴会社の債務処理ができなくなつたことが判明したとしても、このことは、右訴願の提起が本件処分の日から十一ケ月余の長い期間を経過している点をも考慮するときは、訴願法第八条第三項にいわゆる宥恕すべき事由に当ると認めることはできない。また上記の事実に併せて、訴願裁決庁が処分庁と同じであるという点を考えてみても、結論を異にするものではなく、その他、本件に顕われたすべての証拠によつても、宥恕すべき事由に当るとみられるようなかくべつの事情は認められない。してみると、控訴会社の訴願は、期間経過後に提起された不適法なものであるから、これを却下した前記裁決にはなんの違法もない。従つて控訴会社の右主張は採用できない。

上記のとおり、裁決庁は控訴会社の訴願を期間経過後の不適法なものとして却下し、右却下の裁決は違法ではないから、本件訴は行政事件訴訟特例法第二条本文に定める訴願前置の要件を欠くものといわなければならない。

ところで、控訴会社は、本件訴は訴願の裁決を経なかつたことについて、正当の事由がある旨主張し、右正当の事由として控訴会社の主張するところは、上記の宥恕すべき事由として主張した事実と同一の事実を主張するので、次に判断する。訴願法第八条第三項に定めるいわゆる宥恕すべき事由の有無について説示したと同じ上記の理由で、当裁判所は、訴願裁決庁と処分庁が同一であるということは、行政事件訴訟特例法第二条但書の訴願の裁決を経ないで訴を提起するについての正当の事由には当らないものと認めるものであり、また、上記認定の当局者の言明したことを控訴会社が信用したため、訴願を差し控え、その後右言明したとおりに実行されないで、控訴会社の債務処理ができなくなつたことが判明した事実、或はこのような事実に加えて、訴願裁決庁と処分庁が同一であるということを考え合せてみても、右にいわゆる正当の事由がある場合に当るとはいえない。その他本件に顕われたすべての証拠によつても、訴願の裁決を経ないで本訴を提起するについての正当の事由に当るとみられるようなかくべつの事情は認められないので、控訴会社の右主張も採用できない。

してみると、本件訴は、行政事件訴訟特例法第二条に違反し、不適法なものといわなければならないので却下を免れない。

従つて、右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)

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